わが家の息子は、発達障害と知的障害があり、かなりの偏食児です。幼児の頃は、白いご飯とポテトくらいしか食べられませんでした。
偏食というと「食べられるものが少ない」ことを思い浮かべるかもしれません。でも、わが家がつらかったのは、少ないことそのものではなく、食べられるものが少しずつ「減っていく」ことでした。
ようやく食べられるようになった一品が、ある日また食べられなくなる。それを何度も繰り返してきました。
そして偏食そのもの以上に大変だったのが、それを周りに信じてもらうこと・分かってもらうことでした。
「わがまま」と見られたり、「慣れればそのうち食べられる」と励まされたりして無理に食べさせられると、よかれと思ってのことでも、追いつめられるのは親ではなく息子本人だったからです。
無理に食べさせることがないように、何が・なぜダメなのかを
自分なりに観察して周りにお伝えしていました。
(息子が自分で言えたらいいのですが、今でも難しいので…)
ここでは、そんな息子の偏食を、感覚(視覚・触覚・嗅覚・味覚)と、経験・こだわりの両面から、11のパターンに分けて振り返ります。
「こうすれば食べられる」という解決策ではなく、まず「なぜ食べないのか」「なぜ減っていくのか」を探っていく記事です。
視覚からくる偏食
息子は障害の特性から視覚優位(耳で聞くより、目で見たほうが理解しやすいタイプ)のため、日ごろ情報のほとんどを目から得ています。
視覚が強いことそれ自体はいいことですが、息子の主治医の先生曰く、目から余計な情報までたくさん受け取ってしまって、恐怖で動けなくなる子もいるとのこと。
息子も食事に関して、見すぎるがゆえに以下のような症状があります。
白と黄色以外の食材は危険信号


息子には、色の鮮やかすぎるものは「食べ物じゃない」、むしろ「体に毒」と映るようです。野生の本能でしょうか(”毒”という概念はまだ分からないはずですが、反応はまさにそんな感じです^^;)。
果物の鮮やかなカラーは言語道断。野菜も毒々しく見えて恐怖。
甘くておいしいはずのチョコレートも、あの黒っぽい色がとても「口に入れて良い色」には見えません。
好きな食べ物ですら、焼き色やお焦げがちょっとつくだけで、危険そうな色だと疑惑の目を向けます。
安心して食べられるのは、白いもの、百歩譲ってうっすら黄色いものだけ。そうなると、食べられるのはだいたい主食のみになります。
実際に息子が食べられたのは、白米・パン(白いものに限る)・うどん・フライドポテト。
おかずZERO。塩をかけたご飯をおかずに、ご飯を食べる。ザ・白。
「つぶつぶ」はホラー


食べられない、だけならまだいい方です。息子には、食卓に出すだけで絶叫して逃げ出す食べ物がありました。
その一つが、「つぶつぶした見た目のもの」です。ものすごくグロテスクな映像に見えるらしいのです。
(お食事中の方ごめんなさい!)
細かな粒の一粒一粒が目に飛び込んできて、虫のようなものがうごめいているように見えるそうです…。(少し喋れるようになった頃、カタコトで「虫」と言っていました…)
それは怖い。
ふりかけ、ごましお、かつおぶし…。中でもかつおぶしは最悪です。トッピングで掛けて、湯気でフワフワでもしていたら「ギャー!!(動いた!)」。黒こしょうやイチゴの表面の種なんかも恐怖。
もう少し粒が大きい、コーンや枝豆もダメでした。世のお子様ランチの何割かが、これでアウトになります(泣)。
白飯しか食べないので、理由に気づくまで「ふりかけでもかければ美味しいし、少しでも栄養取れそうなのに…」と、手作りふりかけをかけては息子をさらなる恐怖の谷底に突き落としたりなどしていました…。愛情をこめた手作りは、粒が不揃いでしっとり生々しい分、市販品より攻撃力が増し増しだったはずです。ごめん。
具が混ざる料理もホラー


ふりかけと同じ理由で、野菜炒めや煮物も見るのがダメでした。
味がどうこう以前に、様々な色・形の具がごちゃごちゃ混ざっている見た目が、恐怖映像だったらしいのです。
親にとっては、何の変哲もないただのおかずです。しかも、本人に出したわけでもなく、親が食べているだけでも怯える。何にそんなに怯えているのか分からず、原因に気づくまでしばらくかかりました。
本人に見えない位置に、こっそり深い器に盛って置いてもダメ。
「ギャー!」(そこにあのグロいのがあるだろ!出すな!的な感じ)となるので、症状が強かった時期は、食卓に一切出せませんでした。
食卓に置くのは、ご飯のみ。親はおかずを、各自キッチンに行って頬張ってくるシステムでした笑。
後に、具を分解して置く(例えば野菜炒めなら、人参・ピーマン・肉など単品ごとに小皿に分ける)と、自分の視界から遠ざけつつも、食卓に出すことを許してくれるようになりました^^;
顔つきの幼児向け食材もホラー
最近の幼児食によく見かける、可愛いキャラクターを模した食材。
キャラクターや、クマさん・パンダさんといった動物の顔がついた、お子さんのテンションを上げるアレです。
とっても可愛らしくて、作る方もモチベーションが上がるのでつい買いたくなってしまうのですが、息子にとっては天敵でした。
なにかの顔らしきものがホラーらしいです。(笑顔でもダメ^^;)
食卓に出すと、「怖い」と言って部屋の隅に逃げて、動けなくなっていました。
ハロウィンのカボチャのような、お化けみたいな顔に見えるのかも?しれません。


当時の息子は他人とも目が合いにくく、「顔」というものの情報量の多さに翻弄されていた時期だったように思います。
今はだいぶ平気になり、食べてくれることも増えましたが、それでも食事前に「怖い顔が混ざっていないかどうか」の表情チェックを入念にしています。笑
触覚からくる偏食
「カリカリ」以外はNG
偏食のお子さんについてよく聞く話だと思うのですが、揚げ物など「カリカリ、サクサクした食感のものしか食べない」という話。
うちの息子も、例に漏れずそうでした。
初めて食べられたおかずは、カラっと揚がった唐揚げでした。
が、時間が経っていたり、レンジで加熱したりして、しっとり湿ってしまったものは食べられず吐き出していました…。
カリカリした食感を保つために、何でもトースターでこんがりさせたり、油分を気にしつつ揚げたりしていました(しかし、後述しますが手作りもまたNGでした…^^;)。
比較的食べられるはずの白いものでも、食感によってはNG。
うどんは食べられるのに、同じ麺類でもそうめんのあの細い1本1本がたくさんある感じも何故かダメで、口から出してしまっていました。
そのほか、お肉など噛むとグニッとした感触になるもの、「とろ~り」としたもの(カレーやほとんどのソース類など)、「ぬるぬる」「ボソボソ」「ほくほく」なども苦手で、未だに食べられないものが多いです。
嗅覚からくる偏食
少しでも慣れない匂いのものはNG
耳(聴覚)からの情報を得るのは得意でなく、かといって目(視覚)からの情報はあふれすぎてしまう息子。
そんな息子にとって、鼻(嗅覚)は、数少ない信頼できる情報源です。
息子は5歳くらいの頃に匂いで探索することを学習し、玩具でも何でもよくクンクンと匂いを嗅いでいました。
食事の時も、慣れない食べ物はまず鼻先に持っていって匂いを嗅ぎ、少しでも変だなと思うと一切手を付けませんでした。
お菓子など、食べたらおそらく気に入るだろうという味のものでも、匂いで門前払いなのが残念。
一番困ったのが、お弁当でした。
あのお弁当特有の匂いがダメ(気にならない人は本当気にならないんですけどね)で、
どんな好物を詰めても、お昼に食べられませんでした。
療育先やデイなどに預けるときに、食事が摂れないのはかなりのネックです。
先生方も色々提供の仕方を工夫してくださったのですが、腹ペコで体力が保たず、預かってもらえるのは午前だけ、お昼前にお迎え…ということもありました。
お弁当については本当に小さい頃から困ったので、後日別記事にまとめられたらと思います^^;
味覚からくる偏食
「安心な味」しか信じられない
息子が信じられる味は、ほぼ塩味だけです。
複数の調味料が混ざった複雑な味は恐怖で、手料理の時は特に「とにかく塩味」。この世で信じられるのは塩味だけ。
一時期息子は食卓塩を握りしめ、塩を雪のように降らせながら食事をしていました(病気が心配!)。
ただし、同じ塩味でも油断はできません。「レモンソルト」「サワーソルト」など酸味が少し加わったものをうっかり出すと、断固拒否。100%塩オンリー。
酸っぱいものは、息子にとって危険信号のようです。ひと口でも酸味を感じると、顔をゆがめて吐き出します。酸味は本来、傷んだものや熟していないもののサインなので、体が本能的に「食べちゃダメ」と反応しているのかもしれません。
この反応で一番困ったのが、果物です。どんなに甘い果物でも多かれ少なかれ酸味があるので、どんなに美味しそうな形にしようがデザートにしようが、まず食べられません。



野菜が食べられないのならせめて果物でビタミンを…という淡い願いは砕け散るほかありませんでした(泣)。
温度の違いに敏感
味だけでなく、料理の温度もかなりのつまずきポイントです。
子どもらしく熱々の食べ物が食べられないのはもちろんですが、かといって冷めたものは味や食感の感じ方が全く変わってしまうらしく、受け付けません。食べられるのは、そのあいだの狭い「適温」だけです。
経験・こだわりからくる偏食
ここまでは、五感(センサー)が入口を狭めてしまう偏食でした。ここからは、少し種類が違います。
経験やこだわりからくる偏食、つまり「いちど食べられたものが、また食べられなくなる」=食べられるものが減っていく理由です。
手料理NG、市販品万歳
息子の偏食には、味そのものだけでなく、「いつもと同じ味かどうか」という関門もあります。自閉症や知的障害のある息子にとって、「味の予測がつかない」というのは大変なストレスのようです。
味のばらつき厳禁
手作りの料理は、どんなに気をつけて作っても、素人の私の腕ではどうしても毎回仕上がりの差や味のばらつき、火の通りの違いなどが出てしまいます。
息子はその差に敏感で、「思っていたのと味が違う」でパニックになったり、吐き出したりすることも多々ありました。
果物を食べられないのも、酸味に加えてこの問題があるようです。同じミカンでも、甘いものも酸っぱいものもあって、口に入れるまで分からない。息子にとって果物は、「当たり外れのある料理」なのだと思います。
安定の市販品
手料理に対して、冷凍食品などの市販品は、よほどのことがない限りほぼ毎回同じ味です。
「今日は味付けが薄いかもしれない」母の手料理よりも、「絶対にこの味」と分かっている市販品の方が息子にとっては安心の食糧でした…。
ただし、市販品なら何でもいいわけではありません。本人が気に入った銘柄でないと受け付けないので、長年、特定の銘柄のストックを切らさないよう買い溜めする日々を過ごしています。
そして、怖いのがリニューアルと廃盤です。ある日突然、頼みの綱だった銘柄が店頭から消える。味が「少し変わる」だけでも息子にとっては別物なので、そのたびに、食べられるものの柱が一本崩れます。



障害児育児あるあるですね・・・^^;
新しいものへの不安
発達特性によるものだと思いますが、息子は何事も「新しいもの」「見慣れないもの」がとても苦手です。
新しいものを見ても、「これ何だろう?」とはならずに、
「わっ、何これ怖い…」となってしまいます。
知っている食材でも、いつもと違った調理法だとNG。
明らかに好きな味のお菓子でも、いつもと違う食べ方だとNG。
もしかしたら、外の世界の情報を知る手立てが人より少ない息子にとっては、
目の前にある目新しい料理が「食べ物なのかどうか」ということも、心の底からは確信できていないのかもしれません。
食べられたものも一度嫌な経験をしたら今後NG
色々なことが分からないながらに、おっかなびっくり世間の波を渡っている息子。
人より不安が強く、ネガティブな経験がより記憶に上書きされやすいです。
たとえ好物だった食べ物でも、
ちょっと温度がいつもと違った。
ちょっと焦げてた。
などなど…
たった一回のミスが、「この食べ物は危険」判定につながってしまいます。
わが家でよくあったのは、こんな流れです。
好きなおかずを、「わーい」と口に放り込んだ次の瞬間に吹き出す(熱かった)
好きなおかずが本人の中で「油断ならない食べ物」に格下げ
以後警戒して食べなくなる
といった流れで、食べられていたはずのおかずをいくつも失いました…。
なかでも忘れられないのが、卵焼きです。
卵焼きが食べられるようになり好物になった
私、喜んでお弁当のおかずにも入れてみる
お弁当の卵焼きがトラウマとなり、再び卵焼きが食べられなくなる
次に食べられるようになったのは2年後(…)
良かれと思ってしたことが、息子を崖から突き落とすことになり、再び息子が崖から這い上がってきてくれるまで長い時間を要する、という…(涙)。



これは一度食べられていただけに、
自分の安易な行動を悔いて相当落ち込みました…。
息子の感覚をつかむまで、食べられる物が新しく増えては減り…という失敗を、何度となく繰り返してしまいました。
本人にとってはいつも薄氷の上を歩いているような感覚ですから、無理もないことです。
周りも、経験を広げてあげることがなかなか難しく、後退を恐れて及び腰になってしまいます。
そうして…
親子でいつまでも毎日同じ物を食べ続けるという結果になってしまっていました。
- 「成長のために、食べられるものを増やしていく」
- 「安心のために、今食べられているものを守る」
この2つのバランスがとても難しいな…と思うところです。
まとめ
ひとことに息子の偏食といっても、様々な要因や現象がありました。
振り返ってみると、息子が食べられるものは「おいしいもの」ではなく、見た目・食感・匂い・味・いつも通りであること…すべての関門をクリアした、ごくわずかなものだけでした。甘くておいしいはずのものでも、どれか一つでも引っかかれば食べられません。
息子を産むまで、ふりかけご飯を食べるのにも才能が要るだなんて、思いもしませんでした。
「偏食」と言うと子どもの好き嫌い程度に受け取られてしまうことも多いのですが、
本人の様子をそばで見ている者として「到底そんなレベルじゃない」と思う親御さんがほとんどではないでしょうか。
経験上、感覚によって起きている偏食の場合は、今すぐあれこれ手を講じても逆効果なことが多いです。
本人が食べ物そのものをホラーに感じている時期は、たった一度の嫌な体験でも「この食べ物は危険」という記憶に上書きされて、偏食がかえって強くなります。
親がよかれと思ってしたことが、子どもにとっては信頼する大人に後ろから刺されたみたいに感じられ、結果親子ともに苦悩を増やすことになってしまいます…(反省)。
かといって、食卓で苦痛そうにしている我が子をそのままに見続けるのも、それもまた辛いことですが…。
成長とともに、
「大丈夫」と感じる五感の感覚の幅が広がったり、
味の表現が言葉で分かって見通しがつくようになったり、
周りの友達がおいしそうに食べている姿を見て勇気づけられたり、
こだわりが他の対象に移って和らいでいったりで…
少しずつ少しずつ、息子も食べられるようになってきました。
が、まだ今も怖くて隠れてしまう料理はあります。
ホラー体験を重ねないように、今をなんとかやり過ごしながら、少しずつ食事を楽しめる「いつか」の日に向かっていけたらいいなと思っています。
↓偏食のどん底であえいでいた時に読んで精神統一していた本です(笑)
支援者向けの本ですが、家庭でも参考になることが沢山あります。
本人に対して「見守る」・「何か手を打つ」のバランスを考えるのにとても勉強になりました。
私が息子の偏食関連でここまで来るのに行った対応策や、失敗談などは、いつか別記事にまとめられたらと思います。
↓どんな声掛けをしたらいいのか悩んでいたときに、偏食関連で最初に読んだ本です。
息子がどう困っているのか、親子でどうやって食事に向き合っていけばいいか…
偏食の知識ゼロだった、自分の視点を見直すきっかけになりました。






